2017年2月27日 (月)

小説『第六天魔王の降臨』公開のご案内 

 上記の創作作品のご案内です。
 こちら のサイトからどうぞ。無料です。
 内容は、せっぱ詰まったヤクザが、先祖伝来の持仏に祈ってみたところ、彼は織田信長の生まれ変わりだったという設定。信長流の殺戮と権謀術数で、現代ヤクザが窮地を乗り切れるのか? という感じで、愉しんでいただければ幸甚です。
 ではまたcat

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2015年12月14日 (月)

お知らせ

 メールマガジン「月刊小説クラッシュ」を配信します。歴史小説「名をば捨てよ」(相模北条氏の忍者が甲斐武田氏のふところに潜入する)、「危険なボディ」(ミステリアス官能巨編)
 ご購読希望の方は、こちらから。
 『真田丸のナゾ』(サイゾー刊)が1月上旬に発売になります。

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2010年1月18日 (月)

龍馬伝@香川照之

 龍馬伝、ワタシといたしましては久しぶりに見応えのある大河ドラマ。ゆるさんも珍しく熱中なんですが、福山雅之雅治の龍馬もいいが香川照之がよろしいhappy02。ということなんですね。

 まず、泥にまみれるような演技、存在感が素晴らしい。もともとは歌舞伎役者の家系ながら、地に足のついた、叩き上げのものを感じます。調べてみたら、けっこう苦労人なんですねthink

 従来のような超人ではなく、ふつうの人物としての龍馬を演じる福山君もなかなか。ただ、香川君をNHKが坂の上の雲の正岡子規役とダブらせたのはわざとか。それともキャスティングの自信がなせるわざか。

 ワタシといたしましては、サラ・ブライトマンのStand Aloneがもうhappy02。今年の暮れまで聴けんので、彼女の絵入りのをUP(関連動画で日本語歌詞選べます)しときますcat

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2009年9月30日 (水)

秋雨@都内某所へ「ツーキニスト」(笑)

 秋雨rainをついて出かけてきました。以前「ツーリングに雨は関係ねぇだろ」とか言ったらしく、その言葉に衝撃をうけたらしい自転車仲間は、無謀にも豪雨ツーリングを決行したもんです。たまには雨にうたれながら走るかconfidentDscn4973_066  

 というのも、じつは半分くらい自分への言い訳で、本日はゆるさんのハトコでサイクリストの美女virgoと会うからなんでした。元ミス着物の梅津香保里さん、出版プロデューサーというか編プロの社長さんです。やっぱここはひとつ、雨でも自転車で行かんとなーcat。夜までrainやみそうもないんで、えらい大変でしたけどbearing

 彼女のお連れ合いは、この本の著者。

51lb4dhppcl_2  自転車メカについては自転車屋さんなみだそうで、頼もしいっスね。仕事のほうも自転車のほうも、同じ世代でできるのが楽しいsmile。電子出版だけでお蔵入りしていた小説も読んでいただけることになりました。そう、作品というのは誰かに読んでもらうだけでいいんです。

 小説であれノンフィクションであれ、いや絵画でも漫画でも誰かに観てもらえばいいんです。そこから何かが生まれるはず。Dscn4974_067  

 というわけで、本日は雨のツーキニスト(笑)でした。あちゃッ、cameraフラッシュ炊いちゃったwobbly(写真は荒川記木根川橋)。

 なぜか写真に凝り始めたゆるさんとは違い、ワタシのはいい加減というか。これでも旅行ライター時代にゃ、半分はカメラで食ってたんだけどねぇ。ま、アナログ時代の話っスけど……。ではまたcat。 

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2008年12月 9日 (火)

お知らせ@原作漫画の発売

 お知らせ(広告)です。明日(12月10日)、ワタシが原作を書いた漫画アンソロジー「世にも奇妙な日本史伝説」 (宙出版、420円)が全国のコンビニで発売になります。立ち読み、ご購読、よろしくお願いいたしますm(_ _)m2667

 もともと、このブログは自作の歴史小説(電子出版)を告知するために作ったんでしたが、なぜかほぼ全面的に自転車生活bicycle、自転車普及活動のブログになりました。PNで書いてる本やVシネマはちょいヤバめだし、たまにプロデュースする本も元ヤクザとか元過激派などとヤバめhappy02

 というわけで仕事の宣伝も自粛してきたわけですが、歴史ジャンルは論争的な側面もあるので、本名というか横山茂彦名義となります。これからは本腰を入れて歴史探求に取り組んでいきたいと思いますので、よろしくお願いします。といっても、のっけからトンデモ説の漫画アンソロジー。ヤバめという意味ではかわりませんけどね。軽ぅーい気分で、beerでもやりながら読んでつかぁさいcat

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2008年6月11日 (水)

テレビ出演

Dscn1650  テレビの追加収録movieに行ってきました。ジャケット着用なので、bicycleではなくsubway。最近乗ってないんで、乗り方(切符の買い方)がよくわからん(苦笑)。行きは座れたけど、帰りは大量の通学生たちがムンムンで思わず途中下車。自転車で打ち合わせに行くといつも驚かれるが、もうワタシはラッシュとか無理。こんなのを毎日毎日……、日本のサラリーマンて凄いなー、と思うよ。

 さて、すこし愚痴らせてもらいまひょーか。自分の見解を曲げてまで、テレビ局と制作会社の言うままに「歴史研究家」を演じたんですからpout。今回わかったことは、シナリオが出来てる(セリフが出来てる)番組では、プロデューサーの言いなりになるか喧嘩して降りるしかない、内容的なことで抵抗しても無駄、ということ。で、ワタシは番組を降りる気骨がなかった、というだけのことsweat02

 テーマは上杉謙信女性説なんですが、ワタシの主張は江戸時代に捏造された人物像を排除することで、はじめて謙信という人物が明らかになる、と。ところが番組のストーリーは、その江戸時代の虚像を前提にしながら、実像にせまるという矛盾。いや、おもしろくも無理を通すんです(苦笑)。ま、このテーマは長い時間をかけて取り組んできたので、女性説を取り上げてくれるだけでもOK、しかし……、とほほ。7月1日放送予定! ちっともためにならんけど、笑えるかもしれん。このアホ(ワタシ)は、真面目な顔して何を見当違いなことほざいとんかい(笑)とね。

 今日はひきつづき、Vシネマのシナリオの打ち合わせ。こちらはモノホンのヤクザだけど、「親分、いや社長! 19日出発なんで、時間的に無理が通りません」と断るつもりだった。で、ツーリングの餞別じゃないけど「ツーリング頑張ってね」と前金でギャラをいただき、仕事もシナリオの手直しということなのでOK。何だか映像人になった一日、いや、映像人たちに翻弄された一日でしたっ。

※ワタシの上杉謙信女性説を本気で読みたい方は、ここで売ってます。ブログ内の記事はこれこれ

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2008年4月 4日 (金)

読み直す上州無宿木枯し紋次郎

 明日、上州路ツーリングです。このかん笹沢左保の原作を読み直しながら、一世を風靡したTV版(市川監督)についても、このサイトを参考にいろいろと考えてみました。Dscn1050

 夜十時という時間帯にもかかわらず、視聴率は30%を越えたといわれ、「あっしには関わりのないことにござんす」が社会的ブームにもなった秘密。上記サイトの管理人さんが読み解いているように、当時は経営が左前になっていた大映の熟練スタッフの参加(とくに脚本とカメラワーク)、巨匠市川昆(字が出ん)中村敦夫の大抜擢、ほかにも当代一線級の女優陣の参加(これについては、ブームになってからの売り込みも多かった)など。

Dscn1051  こうした制作裏舞台の分析によって、当時(今も)言われた「全共闘運動の終焉、70年安保の挫折による時代のシラケ気分にテーマが合致した」だけではないのが判る。作品自体の魅力が今日もいささかも衰えていないのもその証しであろう。

 ただし、この「シラケ世代」「三無派」(無関心・無感動・無気力)という時代の雰囲気を、単なる挫折や無力感に帰してしまうと、ある意味で今日の停滞の始まりだったあの時代の意味を見誤るのではないか、とわたしは思う。そもそも全共闘運動にしたところが、大学解体や自己否定という意味では最初から挫折した運動(先に何があるのか、本人たちにもわかってなかった)なんであって、そこに祝祭のような空間が出現したから人が集まったにすぎないのだ。

 その挫折を物理的に確認(バリケード解除)し、爆弾闘争と銃撃戦も破滅に向かって進み終えた(連合赤軍)とき、当時中学生から高校生になろうとしていた私たちの世代にはすべてが見えた。と言い切ってしまえば不遜だろうか。一般論ではなく、私の例にしぼって「木枯し紋次郎」を圧倒的に支持した気分を述べておこう。

 前にも書きましたが、三船敏郎ファンだった私の父親は紋次郎を受け入れられなかった。理解不能だったと言ってもいいだろう。批評家のなかにも、紋次郎の殺陣を「基本がなっていない田舎剣法」だと指摘する声は少なくなかったが、これは私にとっては笑うべき批判だった。高校の体育の正課が剣道だったこともあり、友人の知り合いの剣道家に真剣を(だいたい1㎏あります)持たせてもらったことのある私には、三船敏郎の「荒野の素浪人」の殺陣のほうにどうしても納得のいかない軽さ、竹光としか思えない演技の軽さを見ていたのだった。現実のチャンバラとは違う、と。したがって紋次郎の評価をめぐる議論は、私と父親の現実認識をめぐる闘争でもあった。

 私の父親は特攻隊崩れというか予科練あがりというか、要するに戦時教育をそのまま引きずっている人で体罰主義者でもあった。私と同世代の男性が「精神的な父親殺し」を体験している(と思う)のは、父親たちの体罰に対する嫌悪とともに彼らの価値観にまで刷り込まれた古い精神主義、頑なに狭い視野(不可能な世代間の相互理解が生じる)に対する批判。なのではないだろうか。ぎゃくに言えば、古い体質の頑迷な父親たちとの闘いによって、われわれ(少なくとも私)は自立できたのだとも言える。

 60年代のロックンロールおよびその亜流、ヒッピームーブメントや全共闘運動いらい、古い権力が壊滅するまで(たぶん高度経済成長の挫折)、旧社会の権威との無意識な闘いの最後が「シラケ」であり「三無派」と呼ばれた私たちだったのだと、いまはそう思える。以後の世代も時には私たちのように無意識に闘い、あるいは逆に父親の権威を否定した次世代の父親たちによって作られたニューファミリーの中で、自分が闘うべきものを模索した。のではないか?

 紋次郎に話をもどそう。少なくとも私の父親は、紋次郎現象をまったく理解できなかった。当時の私はそれを理解させるために、現実を描けばこうなるはずだと、そう説明したように思う。美化されない、ありのままの現実。ある意味で、それは私たちの世代が見てきた「社会は醜い」「理想なんてウソだ」「悪いヤツが得をする」「妙なことにかかわりにならんほうがよい」を、紋次郎の世界が体現していたのだ。

 同時にそれは、父親以前の世代に対する批判であり、社会に対する根源的な疑問でもあった。ただ単にシラケているのではない、すべてを見てきたわれわれにしか判らない感情なのだと、そのときも思っていたはずだ。もの心ついた時期から茶の間にはテレビがあり、勉強部屋の深夜ラジオで日本はおろかアメリカの事件やヒットチャートまで知りえた世代なんである。そのあまりの情報量の多さに疲れ、殺伐とししてゆく感性を癒すものがあるとすれば、現実を現実としてありのままに描こうとする「木枯し紋次郎」だったのではないか。

 そこには頼るべき理想も正義もなく、ただひたすら欲望と裏切りが渦巻いている。じっさいに悪徳は生き延びるし、善意は踏みにじられる。その酷薄な人間たちの惨劇を横目に、つねに関わり合いを避ける紋次郎が最後は騒擾に引導を渡さなければならないのは、彼に残されているわずかな優しさ。そのわずかな優しさが、みずみずしい湧き水のように画面に刻印される。それを人間の希望と呼ぶべきなのかどうか、わたしは知らない。

 

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2008年3月 3日 (月)

木枯らし紋次郎を再読

Dscn0603  午前中、某出版社へ。めでたく校了じゃ(嬉々)。新作の打ち合わせが残っているものの、これで3月はほぼ自転車三昧の予定となりました。ツーリングが2本、ポタはほぼ毎日、あとは集団ポタの日程だけ。

 タルサさんと最初にお会いしたときに、市川昆監督逝去の話から木枯らし紋次郎のことに話題が。そういえば、市川作品というよりも笹沢左保小説、そして中村敦夫の一世一代の作品とも、あるいは上条恒彦の熱唱ともいうべきか。むしょうに観たくなって、DVDを手に入れるよりも「そうだ!」小説を読み返してみようと思ったんでした。

Dscn0605  で、このに。海坂書房のいわれは、藤沢周平の作品に由来。つまり荘内藩のことです。古本屋は偏屈な自転車職人同様、店主がお高くとまってる店が多いのであまり好きじゃないんですが、この店は例外。気さくで話も楽しい人ですね。『赦免花は散った』をゲット。店主と「時代小説の書き下ろしがブームだけど、時代考証のいい加減なのが多くて」などと、笹沢作品の史料的なアドバンテージを話し合う。池波正太郎は犯罪人を通して人間の業と情、そして悲しさを描いたが、笹沢左保は欲望と暗部を描く。描かれる虚無は価値の相対化であり、頼るべき正義の消滅なのだ。

 ところで、タルサさんが上州新田郡のここにツーリングすることを考えてるそうで、私もそのときは見送りではなく同行するつもりなんです。Dscn0608

 歌詞の一部を抜粋してみましたけど、ほとんどツーリングの歌ですね。紋次郎が無宿渡世(旅人)だから当然なんだけど。

Dscn0604  都心で見た旧車、現役だね。

Dscn0606  前のおとうさんのフレーム、トップチューブがモールトンみたいに二重パイプ。でもって、ブレーキはハンドル上部、ドロップのアーム部には何も着いてないの。初めて見ました。ではまた。

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2007年7月 4日 (水)

新刊・北越女人戦記第一部第五章「春日山入城」

いよいよ「北越女人戦記」第一部の完結です。販売サイトは↓。

北越女人戦記・第一部第五章「春日山入城」

http://www.digbook.jp/product_info.php/products_id/8730?osCsid=08d3c12a0e64d1e83f83a502c2570fab

(抜粋)

 この年の十二月、直江実綱や斎藤朝信らを先頭に、景虎は四千の兵馬をひきいて春日山城の城門を破った。
 山頂の屋形に陣を張る上田勢を前に、大見得をきって叫ぶ。
「やあやあ、わが兄上越後守護代長尾晴景様の名を騙り、府内を混乱に陥れた奸臣たちに告げる! われらは越後守護上杉定実様の名代として推参した者。すでに万軍の兵がわれらを供奉し、勝敗は決してござる! 名を惜しんで戦う意志あれば、この景虎がお相手しよう!!」
 この時すでに大熊朝秀の手配で、上杉定実が老体をおして春日山城内の晴景と談合に入っていた。景虎を晴景の養子にする形で和解し、兄が妹に家督を譲るのことである。
 勢いを得た景虎は、みずから城門の櫓に立って上田勢に最後通牒を申し渡した。
「もし、心あらためて越後守護定実様の命に従う者あれば、すべからく所領の安堵し、忠君の者として称賛されるべし。やあやあ、降伏されよ! われらは今宵にも総攻撃の用意あり!」
 翌日、宇佐美定満らの上田勢は武装解除して春日山城を下りた。諸公に奉じられて景虎が入城したのは、年末のことだった。
 久しぶりの兄妹の対面に、景虎はあえて騒乱の裏舞台を口にしなかった。
「そのようにやつれられて、まことにおいたわしいことです、兄上様。わが思慮と武力が足りぬばかりに、春日山城を奸臣どもに乗っ取られ、まことに申し訳ない次第でした。このうえは、兄上様の子として忠勤に励み、越後一国の安寧のために働きます」
 と、景虎が一方的に言上した。
「兄上様、ならびに母上様の諫言にもかかわらず、景虎は上田殿とのことをなおざりに、短慮なことばかりしてまいりました。わが非、もって責められるべき。どうかどうか、この景虎をお導きください」
 まるで神仏に祈るかのような言上に、やつれ顔の晴景は頷くばかりだった。

※上杉謙信女性説については、こちら↓を御照覧ください。

http://www.digbook.jp/product_info.php/products_id/8523

まぁ興味があったぞ。という方はクリックを。

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2007年6月18日 (月)

新刊・北越女人戦記第一部第四章「叛徒征伐」

「北越女人戦記」第一部第四章「叛徒征伐」を電子出版しましたのでお知らせします。

http://www.digbook.jp/product_info.php/products_id/8671

以下、本編より抜粋。

 栃尾城にもどったある日のこと、午睡を終えた景虎は美しい笛の音を耳にした。
 みずから琵琶弾奏を嗜み、歌舞音曲に心を癒すことの多い彼女は、誘われるように縁側に歩み出ていた。抜けるように高い天空がおだやかな光をふりまく、晩秋の昼下がりである。
 なんと風雅の趣ある笛よ……。景虎は思わず縁側から背を伸べてみた。
「誰かある! あの笛の音は?」
 いつも近侍している小島弥太郎らの姿は見えなかった。笛の音は山裾のほうからだろうか、遠く響いてくるような音色である。
 その音色に興味を惹かれた景虎は厩におもむくと、手ずから馬を引き出して騎乗した。遠くからの笛の音は複数の音色に変わり、あたかも彼女を招くがごとくに近づいては遠ざかるのだった。
「はいっ!!」
「いずくに行かれます、郡司様。お供衆は……?」
 大手門に馬を駆けさせると、景虎は追いすがる城兵たちを制して城門を飛び出した。
「遠乗りじゃ、供はいらぬ!」
 と、景虎は勢いよく城門をあとにした。
 山裾にまわり、馬を止めて耳を澄ましてみる。栃尾城裏手の鋸山から南に向かう街道が俯瞰できる場所だった。馬上に背を伸ばすと、わずかに行列の最後尾が見えた。
 ちょうど南からの風に乗って、澄んだ音色が間近に感じられる。景虎は空を舞うように馬を疾駆させていた。
 追いついてみると、思ったよりも大人数の行列である。荷駄の者たちは景虎に気づいても、知らぬふうに私語している様子だ。景虎はいななく馬を操りながら、行列の者たちを問いただしてみた。
「この行列の者ども、待て、待てっ! いずれの者にやあらん!? 関所の横目(役人)からは何も報告がないぞ」
 いくら誰何してみても、行列の者たちはまるで幻のような風情で、景虎に返答しようとはしないのだった。
「商人頭は誰じゃ? 行列の長(おさ)は名乗り出よ!」
 などと糾問しても、糠にクギの反応である。景虎はやむなく行列の中ほどまで馬を駆けしてみた。
 これは、嫁入り行列……? 大きな荷駄の列に隠れるかのように、行列の中ほどには花嫁の騎馬があったのだ。
「この嫁入り行列、どこから来たのか!? どこまで行くのです?」
 ややあって、年輩の武士が口を開いた。
「われらは越後府内からの者。これより上田へ参るところじゃ」
「府内からじゃと!? 上田へ?」
 景虎は意外な返答に驚いた。
「府内からであれば、来た方角がおかしいではないか。上田の誰のもとに参るのです!? あの嫁御はいずくの姫ですか?」
 景虎が立ちはだかろうとすると、年輩の武士は面倒くさそうに返した。
「上田様の御召じゃ。これなる姫君様、上田は坂戸城の長尾政景様が側室として召されたのじゃ」
「政景殿の側室……?」
 景虎は思わず顔色を変えて下馬すると、年輩の武士に詰め寄っていた。武士の従者たちを押し退けながら問い糾だす。
「政景の御台所はわが姉上、側室のことなど私は聞かされておらん。さては、政景殿は勝手な婚儀で国人衆を味方に付ける所存か!? 聞き捨てならぬぞ、どこの姫御じゃ」
「この婚儀の次第、御上の思し召しでもある。上杉定実様の御下命なり!」
「定実様の? では訊く。わが兄上様、府内の御屋形様の御意向は如何に?」
 腰の太刀に手をかけながら、景虎は馬上の花嫁を凝視した。そのまま景虎は、花嫁の顔を覆っている白布に手をかけていた。
「待たれよ、狼藉はゆるさぬ!」
「どけえっ!」
 花嫁の顔と髪を覆っている白布をはぎ取り、景虎は警護の兵たちと揉み合いになったのだった。
「こ、この者は……!?」
 そこで景虎は目覚めていた。たったいま眼前にあった花嫁行列は、午睡のつづきの夢だったのである。
「いかがされましたか? 御大将」
 と、弥太郎が廊下から声をかけた。
「な、何でもない……」
「大変な汗をかかれておられまする。ささ、この布を」
「うむ……。府内の兄上様から、何か言ってきてはおらぬか?」
 首すじの汗を拭いながら、景虎は縁側の外を見渡した。
「いえ、本日は飛脚はござりませぬが」
「そうか……。かねてより、新兵衛に申しつけておった上田攻めの机上演習をしたいと、
皆の者に申し渡せ。皆が集まりしだい、会所の広間で行なう」
「軍議にござりますか?」
「兄上様から御下知あれば、すぐにも攻め入る準備が肝要じゃ。上田の政景、いかなるこ
とがあっても討ち取らねばならん。あの者を生かしておくわけにはいかぬ」
 と、景虎は太刀と脇差しを身につけた。
 景虎が夢の中で見た上田へと向かう馬上の花嫁は、彼女自身だったのである。

↓上杉謙信女性説も併せてお読みください。

http://07494.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_0370.html
http://07494.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_b6bf.html

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