2009年9月26日 (土)

柴又帝釈天@宵祭

Dscn4929_049  今日は柴又の宵祭でした。宵祭とは何かというと、そのむかし庚申が夜に行なわれていたのを復活したものです。夜祭、言葉の響きがいいですね。

 とはいっても、田舎のお祭のようにひと晩中お神楽をやってるわけではなくて、午後12時にはじまり、夜の8時には終わっちゃいます。まぁ、日曜日ほど人手のない土曜日には、うってつけの企画なのかと。

 で、うちも昼飯を外でと出かけましたが、ゆるさんは土日しかやってない蕎麦屋を推薦。ワタシはといえば、蕎麦はちょっと……。乾麺と手打ちの差もわからん味覚音痴というか、喉ごし音痴と申しますか。うどんなら好きなんですけどねえ。Dscn4932_046  

 とくに、ただのせいろ(蕎麦を盛っただけ)が1000円とかになると、もう……sweat01。なんばんは1800円??sweat01 そこで、一計を案じて粉砕してやりましたhappy02。なぁーに、簡単です。こっちで紅コロッケ、あっちでカレーパン、最後は新しく出来たスーパーでネギトロ巻きを食って、さらにbeerのとどめ。これで蕎麦路線は粉砕され、歩きながら買い食い路線へと持ち込んだのでしたbleah。ふっ、簡単すぎるぜ。小猿が頑張ってました。

Dscn4938_042 夜祭の風景をご堪能ください。いえ、一日中いたわけではありません。いったん戻って、晩飯を食ってから出かけました。Dscn4942_039  

 紙芝居、紙切りと懐かしい雰囲気の出し物ばかりで楽しかったですが、いまいちなのは神輿とかないからでしょうね。無理して神輿とか出したら、参道はメチャメチャになりそうな。

Dscn4944_038  夜までにぎやかでしたが、これ毎月二回ほどやってくれると暇つぶしにいいかと。今回はレアケースらしいです。Dscn4949_035  

 江戸川からのお月様。写真はすべて、ゆるさん撮影でした。ではまたcat

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2009年9月11日 (金)

ツーリング台北?

 ゆるさんがairplane帰国しました。後日、ご本人が記事をアップするかもしれませんので、帰国の報告のみ。Dscn4246  

 走ったのは台北市街→淡水という半島の突端までのサイクリングロード。乗ったのはbicycle、もちろん地元ジャイアントのママチャリ。

Dscn4241  快適happy02なサイクリングだったようです。ゆる記事chickをお楽しみにcat

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2009年9月 5日 (土)

お見送り@成田空港

 ある御方をお見送りするために、成田まで走ってみました。いずれ、また別のある御方から誘われてるイタリアツーリングに備えて、空港まで自走できるかどうかを試したわけです。

Photo  もひとつ、464号線の白井~小室間の上り歩道がとても狭くては走りにくいので、迂回路がないか調査を兼ねていました。結果、ありません(ダート)でしたbearing。しかしここ、どうしようもないんですよね。向こうから自転車が来たらすれ違えませんし、車道狭いし。

 白井市は車道を削ってでも歩道および自転車路を確保するよう、民主党および国土交通省に陳情すること。下りの歩道を走ると16号にさえぎられてこれまた大きく迂回させられますね。結論→16号の合流は意を決して40㌔巡航(5分限定wobbly)で車道を走る。ただ、クルマは高速なみのスピードなんすねcatfacePhoto_2  

 464は印旛日本医大駅で工事中迂回(佐倉方面に南下)になります。それと、備忘録としてニュータウン駅~印西牧の原間の合流(多々良IC)も下りの歩道は陸橋に追いやられます。ここは見通しがいいんで車道を走ること。以上、464号線および北総線の工事進捗状況について。

0909  464号線(宗吾街道へ)と県道65号の分岐点で裏道に入ると、印旛沼(南)と印旛沼(北)をむすぶ川(?)を渡る農道に。右岸にサイクリングロードが見えてますね。誰も走っていませんが……。Photo_3  

 ところが、すぐに激坂のくだりで田んぼまで下ろされました。これが北総台地の鬼アップダウンなんです。

 どうしてこういう地形になったかというと、なだらかな丘陵地帯だったものを、無理やり整地(土壌改良)することで、切り立った丘になったわけです。写真のような谷津(田んぼ)の向こうは鬼坂が待ち構える、その連続です。しかもボロボロになった推定年齢40歳ぐらいのコンクリートなもんで、下ハンを握らないと手首がすっ飛んでいきそうでした。すでに方向感覚をうしない、頼みはコンパスと陽射しの方向だけcatface

 0909_2

 鬼アップダウンもいいけど、心臓が壊れそうになったんで北総線に近づいてみました。と、はるか彼方に成田市街。写真ではそうとう遠くに見えますが、実際はかなり大きく見えてました。

 ところが里山沿いの道はあっても、なかなか田んぼを渡れないと申しますか、ラグビーで言うと横にパスするばっかしでなかなか前に進めず、ゲインラインを突破できない。みたいな。でも、田んぼの真ん中を走る農道(しかも広い)は楽しかったっス。

 途中もいろいろ激坂がありましたが、宗吾霊堂をへて成田駅。そこから(295号線)が長かったですbearing2  

 本当は久しぶりの成田なもんで、南のほうの外周道路をまわって第5ゲートから突入bombannoyするつもりだったんですが、ここまで逆風と坂の連続に疲れてしまいましたsweat01。写真は第2ゲートを入ったところですthink

 警備が厳重なぶんだけ、羽田よりも進入ルートがわかりやすいかもしれません。ガードマンと警官うようよといるしね。基本は295号線が東関東自動車道に入るところでゲートイン。問題なのは駐輪場がいい加減というか、野ざらしというか。第5駐車場の東、タクシープールのとなりが駐輪場でした。わざわざインフォメーションで地図をプリントしてくれました。

Photo_4  行ってらっしゃいまし。いい写真、いっぱい撮ってきてくださいねcat

 成田空港までの走行距離は67キロ、4時間ほど。北総台地の坂、きついですsweat01

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2009年5月13日 (水)

酒田・鶴岡(山形ツーリング)

 今日はツーリングというよりも、酒田の街を紹介しましょう。Dscn3764ちょいと観光気分を味わってください。  

 もともと米どころの商人町(港)だったので、それなりに観光資源は豊富なところでしたが、最近はようやく集客力のある施設がそろってきました。まずは山居倉庫です。

Dscn3765  ここも前は寂しいもんでしたが、レストランやみやげ物店、展示施設の充実で大型バスを連ねた観光コースになってます。観光セットになってるのが、酒田舞妓のいる相馬楼です。ただし、街全体としては往時のにぎやかさを偲ぶという感じ。料亭街は閑散としてます。Dscn3767  

 駅前のおしん像も撤去されちまいましたが、それに代わって「おくりびと」のロケ地として売り出し中の旧市街。さすがにGWは観光客でにぎわっていました。

Dscn3769  酒田北港です。大型船舶がたまに入ってくるはずなんですけど、この日はなんにもいませんでした。おもにロシア、中国船籍の船が多いようです。Dscn3771  

 国道7号線のひとつ海側の道を北上すると、遊佐町です。

Dscn3772  青山本邸。にしん御殿という別名のとおり、にしんが獲れたころに財産を築いた旧跡。

 酒田市内には本間邸(←注意、音noteが出ます)、土門拳記念館など見どころは少なくありません。が、いかんせん庄内平野の広さはクルマ観光でないと無理。レンタサイクルでも回りきれないでしょうね。

Dscn3775  そんな事情は、おとなりの鶴岡市も同じです。商人町の酒田に対して、鶴岡は武士の町。あわせて藤沢周平の「海坂藩」ですが、ただしくは幕閣酒井氏の城下町。桃山時代には上杉氏の飛び地だったこともあり、「天地人」に乗っかったみやげ物も多かったす。

 空港通り(122号線)を一本はいると、左の写真のような森のなかの道です。庄内平野ってのは基本的に見わたすかぎり田んぼですが、海沿いに松林(防風林)が広がっています。ちょっと見には丘陵地帯にも感じられるふんいき。Dscn3777  

 晴れた日には、どこまで行っても鳥海山がすぐそこに見えますね。まるで見張られてるみたいな感じ(苦笑)。

Dscn3781  で、こっちは南東から見おろす月山。赤川沿いのかなり広めの道をさかのぼってみました。鶴岡の街は、紹介するほどの見どころはありやせん。酒田のライバルだしね(笑)。Dscn3783_2  

 見どころがあるとしたら、春日神社の黒川能ですね。これは世界的にも有名な伝統芸能なんで、気合が入ってます。

Dscn3785  代々の農家が持ち回りで自宅に舞台をつくる能(一晩中やるらしい)と薪能、夏場の野外公演もあります。ただ本番は寒い時季(ハンパじゃないっス)なんで、観に行くのは覚悟がいります。

Dscn3786  赤川の土手を北上(つーか海のほうに)。クルマもほとんど走らないので快適ですhappy02Dscn3787  

 途中、三川町の道の駅。というか、結婚式場などもある観光拠点に。全東北的(とくに平野)に行なわれている菜の花祭ということで、片岡鶴太郎がトークショーに来てました。

 この三川町というのは平成の大合併で鶴岡に併呑されるのを拒否した、気骨のある町らしいですね(黒川は呑みこまれましたcatface)。おもしろいのは庄内町という町(旧立川町と余目町が合併)で、将来荘内地方の自治体が大合併した場合、名前のうえでは庄内町(市)に呑みこまれる形になるわけです。Dscn3788   

 道路の脇に付いてる器具、何だかわかりますか。北海道や北陸では雪が積もった場合のために道の端っこをしめす赤い↓マークが有名ですが、荘内地方は海風用の柵です。これが壁になって、雪まじりの強風を防ぐというわけです。Dscn3789  

 ちょいとした油断で、国道7号線をそれてしまいました。適当に走ってると、どうやら南下しているような……。これじゃ帰れんbearing。仕方がないんで、あぜ道を走りました。

Dscn3792  なんとか高速道路沿いに、最上川にたどりつきました。最上川沿いの道(国道47号の歩道)も走りやすかった。というか、こんなとこ自転車でしか使わんだろー。な道でした。Dscn3794  

 すでにお気づきの方もいるかもしれませんが、ゆるさんがかぶってるヘルメット。バイザー付きなんです。無理やり、ビニールテープでひっつけました。紫外線が気になる方は試してみてください。ちょい重たいです。ではまたcat

※業務連絡 16~18日の八ッ場ツーリング 16日9時荒サイ秋ヶ瀬橋集合(ウチは南流山から輪行・7時半集合)→上江橋9時半(ここから、やじばばさんの案内)→見沼代用水路→利根川(お昼頃)→前橋(4時ごろ)→渋川市メイプルビレッジ(泊) 17日午前11時八ッ場ダム(見学会参加の人たちに合流)→2時川原湯温泉(泊) 18日午後2時群馬県庁・夕方輪行帰宅。

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2008年8月 8日 (金)

盛夏イベント&炎天下サイクリング

 明日(8月9日)と明後日(10日)の夕方は、ぜひ松戸宿へ。いまや毎年恒例となった、松戸宿坂川献灯まつりです。くわしくは、こちらをどぞ。

 明後日の日曜日(昼間)は、越谷レイクタウンのこちらにどぞ。エコイベント WATER GREENです。ツーリング洞爺湖の報告ブースを設営しますので、ぜひぜひお越しください。ブログに書けない裏話も、激白しちゃいます(笑)。午後からはsun炎天下耐久(笑)サイクリング。越谷レイクタウン→越谷総合公園→新方川沿いの道→せんげん台(春日部市)→元荒川→越谷レイクタウン、の約30km。ピーカンsunだと、けっこうハードなサイクリンになります。水と氷は準備しますが、各自でもご用意ください。東葛方面からのご参加(要案内)は、9時半に葛飾橋集合です。

Dscn2243  というわけで(何の脈略だー?)、ワタシの給水方法です。ごらんのボトルは500mlのアルミ製ですが、冷凍庫でお茶を凍らせてあります。冷凍庫に入れるさいに直立させておかないとダメで、横にした状態では飲み口から凍ってしまい破裂しちゃいます。モノコックボディではないんで、継ぎ目が裂けてしまうんです。で、こいつをリアキャリアに付けてある銀色の保冷庫(COOLMAN)に入れておくと、ほとんど丸一日半分は溶けずにもちます。そのかわり、飲めるのは溶けたぶんだけ。Dscn2242つまり、コップ2杯ていどしか飲めない。 

 そんなことでは困るので、ワタシはbarカクテルドリンクを作るんです(※ノンアルコールです)。ダブルボトルゲージの片方に、ワタシの場合はジンジャエールを装填しておき、凍結茶のボトルにそそぎます。走ってるあいだにシェイクされ、じゅうぶんにシェイクされた段階でゴクリと飲みます。んめぇーhappy02!! となるのは当然ですが、ジワッと緑茶の苦味がジンジャエールの甘さに溶け合う瞬間がたまりません。やってみてください。こんど、塩分補給をかねて凍結塩水とジンジャエールのカクテルwine、やってみるかなーcat。 

Dscn2244  おおたかの森に向かう流山の田園地帯、例のローソンが開店してました。こんな場所にという風評もありましたが、オープンセールと昼どきなのでなかなか盛況。ワタシも98円のお茶と50円引きのおにぎりを買いました。このあたりは好きな道なんで、いい補給場所が出来たなー。それにしても、コンビニがなかった次代のツーリングって大変だったよなぁーと思う。昔からくらべたら(爺臭!)ツーリング洞爺湖なんて坂は大変だったけど、ちょいと行けばコンビニ街道だったもんな。

 だいいちに、むかしは国道沿いに店がほとんどなかった。あってもドライブインじゃ、中高生の身では簡単に入れんでしたしね。一度、九州の田舎道の雑貨屋さんでお土産用の煎餅(箱入り)をおカネを出し合って買ったことがあります。ほかに食べられるものが置いてなかったんですよね。「安くしてよ。どうせ置いてても売れないんだろ」「これ、去年のじゃねぇの?」とか、雑貨屋のバアさまから値切ったんだっけ。煎餅なんかじゃ、ぜんぜん足りなかったけど。

 あと、定食屋みたいのだと、カツ丼を食べられる裕福なヤツとそうじゃないヤツ(俺、卵丼……)、店そのものに入れないヤツ(俺、べつにハラへってないから、と強がる)もいて、高校生ながら社会の厳しさを体感したもんでした。米を持ってでかけたツーリングの記憶も、そのへんはまたの機会にcat

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2008年5月 3日 (土)

北九州の観光案内です

Dscn1272  例によって、飲みながらの旅立ちです。羽田の出発ロビーも退屈しなくていいようになりましたね。ここ、アルカディアというスペースです。Dscn1277  

 で、こちら→は島なみ(サイクリング)海道の航空写真っス。来年、走りに行くぞーッ。と、願望だけはhappy02

Dscn1278  ここから北九州観光案内です。橋の向こうに見えてるのが北九州市(小倉南区)なんです。と言っても、これは川ではなくて周防灘。関空やなんかと同じ、新北九州空港は「埋め立て島」空港なんです。Dscn1279  

 みなさんは、九州のとんこつラーメンは博多ラーメンだと思っていますか? 違うんですよ、本物の九州ラーメンは「久留米ラーメン」なんです。ここ(北九州)も博多ラーメンではなく、久留米ラーメンが人気。というよりも、博多系のチェーン店に入るのは観光客だけです。地元民の誰もが推奨する魁龍、スープがドロドロnoodle。美味いっスよ。

Dscn1281  この川は紫川といって、小倉の山から湧き出て中心街を走っています。そのむかし、ワタシたちが小さかった頃は本当に紫色で、だから紫川なんだと思い込んでました。

Photo  小倉から門司の自宅へ急いでると、ランドナーの初老の男性と会いました。「どちらまで行かれるんですか?」(ワタシ) 「日本一周」(男性) 「へーっ」(相棒) 信号が青になったので、すぐに別れてしまいました。  Dscn1285

 翌日のこと。こっち→は川ではなくて洞海湾です。見えてる橋が若戸大橋(若松戸畑間を結ぶ)。これから何をしに行くのかって? ふふふ、自転車に乗るんです♪

Dscn1298  でも、北九州サイクリングターミナル、ダメでした。ほかのサイクリングターミナルだと、ロードバイクはともかくMTBやクロスバイクが置いてある(ケースも)なのに、ここはママチャリばっかでした。勢い込んでメットにジャージ姿で乗り込むと、写真のようにおもしろいことになりますねー。Dscn1300_2  

 ワタシたちが近づくと……ファミリーのおとうさんたちは「避けなさい、危ない(人たちだ)から」 ってな感じで止まって待ってるbleah。すみませんでした。

Dscn1289  ただし、問題なのは園内のサイクリングロードから出てはいけないというルール。車道といっしょになる箇所では、ごらんのとおり歩道を走れという規則なんです。北九州市は自転車のアナーキーな性格を知らないな。そのうちに相棒が道に迷ってしまい、仕方なくサイクリングロードをはずれましたとさ(苦笑)。Dscn1291   

 それにしても、このグリーンパーク。場所的に市の中心部から遠いうえにバスの本数が少なすぎ。連休なのに人がまばらでした。

Dscn1303  さらに翌日のこと。こっちは門司港です。かつての大陸への窓口というか国際港もしばらく地盤沈下してましたが、いまや北九州の観光の柱。立派なものです。それもこれも、下関という対岸があるからこそ。Dscn1310  

 海峡連絡船、モーターボート並みのスピードで怖かったです。で、その猛スピードを出しているのが、このおねいさんたち。

Dscn1308  なかなかの猛者ですね。海峡を東西に進んでくる大型船の横波を受けて、グワーンってな感じで何度も揺れました。Dscn1315  

 で、着いたのが唐戸市場。市場が引けたら、こーんな感じで観光客相手のランチタイムでした。豪華な海鮮丼が800円~。

Dscn1317  どーです? 海峡の渦の中を船が高速で行きかう、この迫力。Dscn1319_2  

 赤間神宮(安徳天皇を祀ってます)では、結婚式に出会いました。

Dscn1321  関門トンネル(人道)の入り口で出会ったのが、若い女性ツーリスト(向かって右の美女です)。ほとんど年中、日本一周をしているらしい。感じのいい娘さんでしたッ。ワタシたちの洞爺湖ツーリングのときに、ちょうどDscn1323北海道に行く予定だとか。再会を約束する。  

 人道を門司側に渡ってしばらくすると、小倉で会った日本一周のサイクリストに再会。「えーっ、どこに居たんですか?」(ワタシ) 「風景を探してたんですが、なかなか出会えずに」(初老の男性)と。この方、秋山誠さんという画家でした。この方とも北海道での再会を約束。みんなキャンプツーリングで、軽ぅーく日本一周っての凄いなー、サイクリングロードを走るのとはわけが違うんだしなー。

Dscn1324  このカッコいいクロモリロードは、門司港で有名な電気屋をいとなむ従兄のデローザ。二十年前のビンテージ、渋いなぁー。Dscn1328  

 外観だけ有名な門司港駅、内部のほうが素晴らしいんです。どれだけ時間が経っても、大正時代のまま。下手に改装されることはありません。

Dscn1329  手前、わかりますかね? 人力車ではなく、人力自転車というか客を運ぶ自転車なんです。現在は使用されてませんが、ベロタクシーとしての再生もありでしょうかね。Dscn1335  

 最後、わが実家の裏山です。黒く入り口と窓が写ってるのは防空壕ではなくて、掩体壕です。戦前は陸軍省の土地だったんですね。ではまたcat

追記: ツーリング洞爺湖のチームメイト、Yoshitakaさんが実家の富山に帰省ツーリングを現在敢行中。標高1000m碓氷峠越えをへて、越後越中海岸の難所越え。はたして無事に到着できるのか? 頑張れ!

 

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2007年5月16日 (水)

西郷隆盛の本名は「隆盛」ではなかった!? その2

 西郷隆盛の名として一般に知られているのは「小吉」「吉之助」であろう。これらは通称(家内名)であって、小吉→吉之介→善兵衛→吉之助という具合に推移したという。
 元服時には「隆永」のちに「武雄」である。それではなぜ、「隆盛」という名がこんにちに伝わったのだろうか?
 じつは親友の吉井友実という人物による、まったくの勘違いによる産物なのである。王政復古のとき、位階を拝受する手続きのさいに吉井が吉之助の父親吉兵衛の名(隆盛)を朝廷に届けてしまった。これが真相なのだ。このほかにも「西郷三助」「菊地源吾」「大島三右衛門」など、西郷は多くの変名をもちいている。私が荘内南洲会で見た西郷の書の号も「南洲」および「南洲記」であった。西郷隆盛とは、いわば官名なのである。
 かくいう私も、ブログの表題にある名は本名ではない。本館の高輪茂も筆名ならば、横山茂彦も筆名で、正確には旧名(姓名変更の由来は別の機会に)なのである。ほかに久住純という筆名もあるが、筆名を多用するのは物書きとしてはきわめて不利であって、複数の筆名を使うことで世間的な浸透が薄くなる。にもかかわらず複数の筆名を持つ作家が多い理由は、私をふくめて彼らが多ジャンルに手を出しているからで、書き手としての器用貧乏ともいえよう。
 さて、その旧名でありながら通用している横山名をブログに用いたのは、当該作品である「北越女人戦記」が上杉謙信女性説にもとづく論争的な内容を持っているからだ。過去にも論争的な内容のあるテーマではこの名を使ってきたし、業界的にもささやかながら通名だから(?)。いちおうはベストセラーを出したこともあるしね(苦笑)。

「上杉謙信女性説について」
http://www.digbook.jp/product_info.php/products_id/8523

 ところで、上杉謙信も多くの名を用いた人である。幼少期は寅年生まれの「虎」ないしは「虎千代」、あるいは「虎姫」。元服名の「長尾平三景虎」は平氏(長尾)の三郎、呼び名の「虎」に長尾氏の通名である「景」を併せて景虎という意味であろう。第一次上洛ののちに法号の「宗心」、関東管領山内上杉氏の家督を相続して「上杉政虎」、永禄四年末には「上杉輝虎」。この時期から雅号は「藤原輝虎」である。「上杉謙信」と名乗るのは満四十歳の元亀元年のことで、法名は「不識庵」。不識庵とは春日山城にあったとされる大乗寺(遺跡は毘沙門堂や護摩堂、諏訪堂など)の庵であろう。
 ちなみに官名は「藤原関東管領越後守護職山内上杉従五位下弾正少弼輝虎」、法号は「法印大和尚謙信」、諱は「大僧都法印謙信」(高野山)、位牌は「不識院殿心光謙信大庵主尊霊」(信濃善光寺)ということになる。

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2007年5月11日 (金)

西郷隆盛の本名は「隆盛」ではなかった!? その1

 歴史&自転車サイトならば、GWのツーリング&史跡探訪報告などというものがあってしかるべきなのだが、今回は法事関係の旅行であった。というわけでブログにアップするほどの中身もない。だが、それではブログを開いている意味が薄れてしまう。
 そこで、旅行の目的とはべつにセッティングされていた小旅行と思いがけない史跡訪問を少しばかり。
 急遽決まった法事(正規の法要を前倒しにした連休法事=縁者が集まりやすい)なので予約もなく、交通手段は増発便の深夜バス(トイレのない観光バスを代用)とあいなった。眠れれそうもないのでウイスキーを買って池袋西口を11時に出発。目的地の山形県酒田まで臨時増発分をふくめてバスが9台、その出発光景は壮観である。首都高から東北自動車道は何度も走った経験はあったが、見事な夜景に感嘆……! キューポラの川口市が工場街から高層マンションのベッドタウンに変貌したのにも驚いたことはあるけど、さいたま市も凄いね。林立する高層マンションの風景は、まさに光のページェントだった。
 途中、羽生Pでクロカン車に搭載されたトレックのロードバイクを活写(写真)。0705030040 那須高原あたりでヒルクライムをやるのだろうか、車内には折り畳みのミニベロも積んであったですね。それにしても、代用観光バスでの深夜便は悪くなかったです。これが深夜バス専用車であればトイレ休憩が省略されてしまい、旅というよりも輸送される気分になってしまうものなのだ。
 法事の報告は略して、その日のうちに飛島(とびしま)へ。あまり知られていないこの日本海の孤島は、海釣りとバードウォッチングの名所である。私は実家が北九州なので、海峡連絡の船や瀬戸内海航路には何度も乗っているのだが、外洋航海はじつは初めての体験。斜めから向かってくる大波に揺られて、ニュー飛島号(連絡船=全長40m弱・幅10m・223 トン)は木の葉のようにダッチロールを繰り返す……。予測不可能なジェットコースターの気分だったけど、私が船酔いしない人間であることも判明(窓側客席の人たちは大半が中央席に避難し、ゲロゲロ状態も多数)したのであった。可愛いイルカの併走が眺められて、とても楽しかった。
 最近の観光地の例に洩れず、飛島は乗り捨て自由の無料レンタルサイクルが完備してある。まずは状態のよい自転車を物色と思っていたところ、旅館の迎えの人が「ウチの自転車を使ってくださいよ。ずっと高級車ですから」だと。訊けば、アルミフレームに外装6段変速なのだという。ところが、この高級車がとんでもないシロモノだったのである。
 本土から数十キロの孤島とはいえ、飛島はひとつの小山である。小山だからこそ島として成り立っているわけで、東の海岸線(全体は周囲12キロ)以外は鬱蒼たる森林。重たい自転車だなぁと思っていたとおり、傾斜10度の坂道であえなく頓挫した……orz (写真)。0705041542
 推定20㎏はあるんではなかろうかと思われるこの自転車、たしかにアルミフレームなのだが、信じられないほどチューブが太いのである。36mmタイヤでこれほどまでに惰力がないのも重さのせいであろう。たぶん、アルミフレームを発注したメーカーは軽量を見越して外装6速のギアを付けたものの、納品されてきたフレームに驚愕したことであろう。いわく「何じゃこりゃ、飛行機の車輪のシャフトに使えるんじゃないかい?」と。その代わりに、ダウンヒルではその重量をいかんなく発揮し、頑丈なアルミフレームの感覚を堪能させてもらったけれども。

0705050830_1  写真は飛島の岩館。岩場の上に石塁が施されていることから、中世水軍(海賊)の拠点ではなかったかと思われる。残念ながら、たしかな伝承や史料は皆無である。日本海の荒波をものともせず、風が頼りの小舟で海を我が物とした先人たちには畏敬の念を抱く。

0705041627_1  写真は荒崎という景勝地から西に沈む夕日、その下に波間をさまようようなイカ釣り舟(よく見えないけど、いい風情であった)。
 翌朝、詩人(俳人)斎藤慎爾氏(深夜叢書社主)の記念碑の除幕式で慌ただしい港を出て酒田へ。夕刻、南洲神社を訪ねる。というか、トイレを貸してもらおうと立ち寄ったのだが、荘内南洲会の事務長氏の案内で南洲会館を見学することに。
 南洲とは西郷隆盛のことで、戊辰戦争のおりに佐幕派の荘(庄)内藩が西郷のはからいで安堵されたのを契機に、西郷の薫陶に帰依する庄内人たちが業績を祭ったのがその縁である。のちに西南戦争の時には、庄内から西郷に援軍が馳せ参じたのは有名な話だ。
 ところで、その西郷隆盛の本名が「小吉」など多数あり、隆盛という名は西郷の父親の名前であったと、事務長氏はこともなげに言う。そう、西郷隆盛は「西郷」とか「南洲」と署名しているものの、みずから「隆盛」と署名した文書は皆無なのである。(つづく)

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