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2012年6月 4日 (月)

神道講義4 宇佐八幡の神宮寺・弥勒寺

Dscn0771  宇佐神宮です。かつて、官幣大社(神社)のなかにお寺があった。いや、正確には国家神道になる過程で廃仏毀釈がおこなわれ、神宮寺は破壊されたのでした。

 さきに紹介した奈良の春日大社と興福寺(藤原氏の氏神と氏寺)の場合は、神域と仏教伽藍が場所的に隔てられていたのでそのまま残りましたが、宇佐神宮の場合はちがっています。Dscn0774b  

 右の写真のとおり、神社の中枢ともいえる場所に位置していたのです。当時は弥勒寺の北が表参道で、朝廷からの勅使も最初に弥勒寺を訪ねたということです。宇佐神宮は国東半島まで支配下に置いていたとされますが、その実務は弥勒寺の僧侶たちが担っていたのではないでしょうか。なぜならば、国宝に指定されている富貴寺など、国東半島は仏教文化の根づよい地域だからです。

Dscn0772  宇佐神宮は広大な神域を持っていますが、小椋山と呼ばれる本殿のある丘は、自然の地形ではなく古墳の跡とされています。卑弥呼の墓だという説もあります。ただ、こうして弥勒寺の礎石が発掘されてしまうと、古代史的な興味よりも中世、江戸時代の宇佐神宮に興味を惹かれますね。Dscn0775  

 弥勒寺の縄張り(建物跡や地形)が判明したのが10年ほど前。礎石は完全な形ではありませんが、金堂や講堂跡もわかってきています。ワタシの祖父(横山秀雄)が昭和の御造営を執り行なったとき、ここには土産物屋だとか料亭など、表参道の入り口ならではの賑わいがあったと言われています。往時を知っている人がいなくならないうちに、聞き取りをしておこうと思います。

 ではまた

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