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2012年5月10日 (木)

神道講義2 神道と仏教

 神道講義の2回目です。神道という宗教の特徴は、ハレの行事(お祭り)ばかりで「清める」「お祓いをする」のが基本です。これは「分御霊(わけつみたま)」といって、誰でも神様の分身なのだから、お祓いをして清めれば元の清浄な姿になる。穢れを取り除くことができるという考え方なんです。何かを念じたりするのではなく、ひたすら清浄になることで利益が得られると。その意味では、お葬式(神道葬祭)もお祭りなのです。↓こんな感じでお祓いをします。

 神道の最もベーシックな祝詞(祭詞)である「祓詞(はらいことば)」

掛介麻久母畏伎 伊邪那岐大神 筑紫乃日向乃 橘小戸乃阿波岐原爾 御禊祓閉給比志時爾 生里坐世留祓戸乃大神等 諸乃禍事罪穢 有良牟乎婆 祓閉給比清米給閉登 白須事乎聞食世登 恐美恐美母白須

 仮名混じり文だとこうなります。

掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等 諸々の禍事・罪・穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白すことを聞こし召せと 恐み恐みも白す

 仏教の「般若心経」(約260文字)と同じく、機会あるごとにこれを唱えます。もう少し長いのだと「大祓詞」が延喜式に記録のある日本最古の祝詞ですが、600文字ほどあって神職さんでも飛ばし読みします。

 さて、本論をつづけます。
 たとえば、七五三でお寺や教会に行く人はいませんよね。結婚式も最近は信者でもないのにキリスト教(教会)式が流行ってますが、仏式というのは、よほど熱心な仏教徒でなければ行なわないですよね。ところが、日本人の葬式の大半は仏式です。じつはこれ、日本人の宗教生活が神道と仏教を併せて成立していた名残りなんです。
 たとえば奈良の春日大社と興福寺は藤原氏の氏神・氏寺ですから、神職と僧侶が相互に祝詞を奉じたり念仏を唱えたりします。なんとなく不思議な光景ですが、これが明治維新前の日本ではふつうだったのです。神社の中にあるお寺を「神宮寺」といって、実際の神社の仕事は僧侶がになっていたと言われます。
 というのも、平安時代に公地公民制が崩壊し、寺社はさかんに荘園(私有地)を増やしました。荘園といえば貴族のものだと思いがちですが、藤原氏の例でもわかるとおり貴族は氏神・氏寺である寺社をつうじて領地や領民を支配していました。この荘園をまもる荘官に任命されたのが、初期の武士(農兵)ですね。

 ではなぜ、結婚式が神道で葬式が仏教となったのでしょうか? 上述した内容からハレとケの違いだと思いがちですが、それだけではありません。
 それはね、江戸時代にお寺で人別帳がつくられたからだ、寺請制度で税を取ったからだ、と答えた人は歴史をよく勉強している方です。キリスト教を禁止する宗門改めのために作られたのが人別帳ですが、じっさいには戸籍帳と同じ役割を果たし、納税台帳といってもさしつかえないでしょう。ちなみに、過去帳は死亡記録。
 それでも、なぜ神社で人別帳がつくられなかったのか、という疑問が残りますよね。ほとんどの町民・村民が寺の檀家であると同時に、神社の氏子だったのですから。さて、この疑問は九州から戻ってブログに書きますが、もともと自然信仰として日本で育った神道が、外来宗教である仏教文化を受容した秘密が、そこには隠されているのです。

 ではまたcat。 

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