« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月22日 (火)

つめたい雨の日

 九州の最終日に雨に祟られたので、雨の日は掃除……。Dscn0802  

 ウェット系のオイルが強いということはよくわかりましたが、黒くなりすぎ。むかしの経験で言うと、雨にさらされて4日めあたりからチェーンがガチャつきはじめますけど、そのむかしは黒々としたチェーンでよく走っていたこと。チェーンとか洗ったことなかったし。

Dscn0808  こうやって眺めながら、パーツフェチの方々はお酒を召されるのだとか。リングの造形美、なるほどと思いました。

 で、このあとは指が真っ黒になったので、写真はありません。ディグリーザーのかわりに灯油を使ってるので、雨だとチェーンの乾きがおそいbearing

 ドライオイル買ってるけど、さすの明日だな。ではまたcat

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月19日 (土)

神道講義3 審判

 前回は「もともと自然信仰として日本で育った神道が、外来宗教である仏教文化を受容した秘密」を設問としました。

 歴史的には敏達帝・用明帝の時代に、神道を奉じる物部氏と仏教を受容した蘇我氏が争い、丁未(ちょうび)の乱で物部守屋が滅ぼされます。これを機に、仏教が朝廷に公認されたわけです。一説には仏教がもの凄いいきおいで神道を駆逐したと言われていますが、むしろ融合していったと言うべきでしょう。たとえば、八幡神が八幡大菩薩(仏の形)になるように、信仰が形をかえて継続されたわけです。

 ではなぜ、仏教は歓迎されたのか。その答えは神道の宗教としての特徴にあります。前回書いたとおり、神道においては誰もが神の分身であり、清めることによって神性をよみがえらせるので、そこには「地獄annoy」という概念がないのです。

 誰でも神になり、自然にもどるという感じでしょうか。これはこれでラクなのですが、あまりにもつらい現世から考えると、もうすこし救いがあってもいいのではないか。現世が生き地獄なら、身まかったのちは極楽に往ってみたいものだ、と考えるのではないでしょうか。ご存じのとおり、仏教には地獄annoyと極楽shineがあります。

 同じく、キリスト教にも地獄と天国がありますよね。これを「審判」ともうします。室町時代にキリスト教がもの凄いいきおいで浸透していったのも、飛鳥時代の仏教の浸透に似ています。つまり、仏教(およびキリスト教)には神道にない救いの思想、つらい現世を修業と置き換える教理があるのです。以上、仏教浸透の謎でした。

 先日、宇佐神宮の神宮寺である弥勒寺跡を訪ねましたので、次回はそのレポート。ではまたcat

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月10日 (木)

神道講義2 神道と仏教

 神道講義の2回目です。神道という宗教の特徴は、ハレの行事(お祭り)ばかりで「清める」「お祓いをする」のが基本です。これは「分御霊(わけつみたま)」といって、誰でも神様の分身なのだから、お祓いをして清めれば元の清浄な姿になる。穢れを取り除くことができるという考え方なんです。何かを念じたりするのではなく、ひたすら清浄になることで利益が得られると。その意味では、お葬式(神道葬祭)もお祭りなのです。↓こんな感じでお祓いをします。

 神道の最もベーシックな祝詞(祭詞)である「祓詞(はらいことば)」

掛介麻久母畏伎 伊邪那岐大神 筑紫乃日向乃 橘小戸乃阿波岐原爾 御禊祓閉給比志時爾 生里坐世留祓戸乃大神等 諸乃禍事罪穢 有良牟乎婆 祓閉給比清米給閉登 白須事乎聞食世登 恐美恐美母白須

 仮名混じり文だとこうなります。

掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等 諸々の禍事・罪・穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白すことを聞こし召せと 恐み恐みも白す

 仏教の「般若心経」(約260文字)と同じく、機会あるごとにこれを唱えます。もう少し長いのだと「大祓詞」が延喜式に記録のある日本最古の祝詞ですが、600文字ほどあって神職さんでも飛ばし読みします。

 さて、本論をつづけます。
 たとえば、七五三でお寺や教会に行く人はいませんよね。結婚式も最近は信者でもないのにキリスト教(教会)式が流行ってますが、仏式というのは、よほど熱心な仏教徒でなければ行なわないですよね。ところが、日本人の葬式の大半は仏式です。じつはこれ、日本人の宗教生活が神道と仏教を併せて成立していた名残りなんです。
 たとえば奈良の春日大社と興福寺は藤原氏の氏神・氏寺ですから、神職と僧侶が相互に祝詞を奉じたり念仏を唱えたりします。なんとなく不思議な光景ですが、これが明治維新前の日本ではふつうだったのです。神社の中にあるお寺を「神宮寺」といって、実際の神社の仕事は僧侶がになっていたと言われます。
 というのも、平安時代に公地公民制が崩壊し、寺社はさかんに荘園(私有地)を増やしました。荘園といえば貴族のものだと思いがちですが、藤原氏の例でもわかるとおり貴族は氏神・氏寺である寺社をつうじて領地や領民を支配していました。この荘園をまもる荘官に任命されたのが、初期の武士(農兵)ですね。

 ではなぜ、結婚式が神道で葬式が仏教となったのでしょうか? 上述した内容からハレとケの違いだと思いがちですが、それだけではありません。
 それはね、江戸時代にお寺で人別帳がつくられたからだ、寺請制度で税を取ったからだ、と答えた人は歴史をよく勉強している方です。キリスト教を禁止する宗門改めのために作られたのが人別帳ですが、じっさいには戸籍帳と同じ役割を果たし、納税台帳といってもさしつかえないでしょう。ちなみに、過去帳は死亡記録。
 それでも、なぜ神社で人別帳がつくられなかったのか、という疑問が残りますよね。ほとんどの町民・村民が寺の檀家であると同時に、神社の氏子だったのですから。さて、この疑問は九州から戻ってブログに書きますが、もともと自然信仰として日本で育った神道が、外来宗教である仏教文化を受容した秘密が、そこには隠されているのです。

 ではまたcat。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月 9日 (水)

神道講義1

 去年の秋、母が亡くなりました。健康に気をつけていた彼女には思いがけない病で不本意なことだったでしょうけど、齢80ならば相応の寿命と思えます。初めて経験する喪主、けっこう大変でした。

 まだ納骨をすませていないので、今週また九州に帰ります。この歳で「帰る」というのかな? で、祭詞「maisousainorito.docx」をダウンロード  をつくってみました。古語まじりの言葉の意味、わかりますかね? そう、ウチは神道なのです。そのいわれは曾祖父(実家では三男坊だったらしい)が横山という家に養子に入ったからなのか、祖父が内務官僚として神官になったからなのかは、よくわかりません。

 この祖父というが偉い人だったらしく(あくまでも当時の社会的評価ですが)、鶴岡八幡宮を皮切りに熊野神社、宮崎神社の神官を歴任し、最後は宇佐八幡宮の宮司と、ワタシの父の兄弟姉妹は長らく誇りにしていたものです。あなたたちが偉いわけじゃないだろと若い頃は思っていましたが……。高木彬光さんの小説『邪馬台国の秘密』に横山宮司と紹介されているのが祖父です。早世したのでワタシは知りませんが、晩年は戦争協力者として公職(宮司職)追放になったということです。内務官僚が神官になった理由は、ご存知のとおり戦前が国家神道だったからで、もとからの社家というわけではないんですね。したがって、国学院大学の神道学科を出た伯父は宮司にならず、当時は儲かる商売だった電気屋さんになりましたとさ。

 秋の一年祭までは祭主を務めるので、しばらくこのブログで神道講義をしますね。まずは、ここで神官という言葉が出てきましたが、いまの日本に神官は存在しません。「官」は官僚の意味であって、官幣社(国家が運営する神社)に固有のものだったからです。これは国立大学の専任講師以上を教官と呼び、私立大学は教員となるのと同じ。正しくは神職さん・神主さんなんですけど、何となく神官さんと言ってしまうんですね。葬儀会社の若い女性社員(司会とかやる人)もそうでした。

 上の祭詞(お祝い事なら祝詞、結婚式は祝言となります)の意味、わかりましたか? おい、おっかさん。ちゃんと規範にのとって葬儀をして、みんなで酒や御馳走を飾ってお祈りしたんだから、心穏やかに眠りなさいね。けっして化けて出たりするんじゃありませんよ。というほどの意味です。

神楽鈴です(国学院大学の箱根駅伝応援グッズ)。Dscn0752  

ではまたcat

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年5月 5日 (土)

夏日の横浜・後編

 横浜サイクリングの続編です。前編はここ中編はここです

[中編の後段より抜粋] ワタシはよーく知っています。夏日に無理をしたロードバイク乗りがどういう運命をたどるのか。急激な熱中症におちいったり、バランスをうしなって落車したり。じょじょに危険領域に近づいてくるような、いきなりドーンと来そうな。
 それにしても、もう10キロちかくも走っているのに、相鉄線の駅はもういくつも通過(横浜―三ツ境間は11駅)したはずなのに、まだ着かない。
 そのとき「アッ!!」 やっ、やばい! 「ああーっ!」

 

 と叫ぼうと思っていたら、目的地の三ッ境駅すぐのサガミサイクルに着きました。

 サガミサイクルは三店舗で展開する老舗ショップで、2号店がロードバイクの本館。一階がカフェレストラン、二階がウェア、三階が完成車とパーツという具合。

 ここで、都内だと18000円(正価20000円)のサンティーニのジャージを13690円(たしか)で、ゲェ――ットっ! なぜこのように安くできるのか、店の人に訊いてみました。すると、「安くしないと、みなさん買ってくれないから」とさ。ウェアにかぎらず、自転車のパーツは仕入れ値が正価の3~4割というのが一般的なところです(6割引きでも採算合うんです)から、2割3割引きは当たり前ー、でも利益は出るんでしょうね。

 ともあれ、無事に目的が果たせました。案内してくれたH・Hさん、ありがとうございました。彼女はお目当てのジャージがなかったとのこと。フォトアーティストで敬虔なクリスチャンということもあり、ブログやツイッターへの直リンクは遠慮させていただきます。

Dscn0731  レプリカのチームジャージは、カチューシャです。このチームの名称はエカテリーナ女剃の愛称とも、戦後すぐ世代には「カチューシャ可愛や♪」、若い女性には前髪の飾り? 軍事マニア系には旧ソ連軍の連射ロケット弾、でしょうか。ワタシ的には濃い赤がいいな、の12年版です。以前はクレムリン宮殿を思わせるデザインが独裁政権風で怪しく敬遠していましたけど……。

 それにしても、です。女子ローディーに惨敗(べつに勝負をしたわけではないですが)してしまうとは、この冬のワタシの怠慢・冬眠は明らかですね。なにしろ、出かけようとしては「おお寒っ、やめとこ」「今日も無理かな」の連続でしたし。

 それと、なるべく負荷をかけないで、長い距離を走る。というよりも、長い時間だらだらと走り翌日に疲れを残さないようにという方法を、長く乗れるツーリング術などと美化してきたツケってやつでしょうか。サイクリングロードのスロープいがい、負荷がかかるようなことはしない人だし……。心を入れ替えて、今年はメタボ化しつつある身体を鍛え直しましょう。と、決意だけは、しときます。

Dscn0742
 ではまたcat

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »