« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月21日 (日)

八柱さくら通り@Di mare

 Di mareは、さくら通りにあるイタリアンレストランです。けっこうPhoto老舗だそうです。  

 まずは、前菜のフレンチバルブをどうぞ。お店はイタリアンなんですが、バルブはフレンチですbleah

 バルブが折れたりしても、こういう姿にはなかなかお目にかかれますまい。こいつは取り外しができるバルブなんですね。

 で、このバルブの主はこの方です。

Dscn5449_276  昨日からパンクらしかったんですが、どうも空気の抜け具合がイマイチと申しますか。煮え切らない様子……。

 で、いろいろやってましたら、どうもバルブの不具合ではないかと。それも、ポンプをはずした瞬間に漏れるあれ(プシュッbearing)が、ずっとつづく感じbearing。しばらく一緒に考えて、ようやく原因がわかりました。悪いのはこいつです。

 小さくて軽くて、しかもカワイイwink。そのうえ、持ち味であるネジ(バルブアダプター)でバルブヘッドにセットできるので固定力がよい。はずなのに、その持ち味が……catface。バルブのロック機能を損なっている様子なのです。

 わかりますか? 空気を入れるときにバルブをゆるめて、プシュッとロックを解除しますよね? あの要領の逆で、バルブから空気入れノズルを抜くときに、キュッとロックされるはずなんですが、そうはならない(ので空気が抜ける)ような。

 そこで、ワタシのトピーク(ミニロケット)で試してみると、ふつうにロックされましたhappy02。カワイイやつ、ダメみたいなdespairKaccinさんの観測では、タイヤに入れてあるパンク防止剤の影響ではとのこと。それにしても、ワタシと走ったときのパンク、もう10回目(たしか)。すごいねbleah

Dscn5452_274_2  お待たせしました、メインディッシュrestaurantです。Dscn5453_273  

 ピザはキノコとツナ、パスタはヤリイカと菜の花のリングイネ。

 でもなぁ……、ピザはどんなに美味しくても調理パンの親戚みたいなもんで、パスタはソース(レトルト)さえ奮発すれば、なんか自分で作れそうな……。というわけで、となりのフレンチレストラン(記事はこちら)に軍配なのでした。

 今日の目的である博物館見学と吹奏楽コンサートは、Kaccinさんの当日のブログ記事をどうぞ。

シロクマくん、サドルバッグに付けてみました。ではまたcat

Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月17日 (水)

ツイッターはじめてみた(゚m゚*)

 しかし……、よくわからん(゚m゚*)。加藤登紀子さんから勧められてたんですが、よくわからんまま入ってみました。とりあえず、知り合いのところに書き込むと反応(フォロー)してくれて、さらにリツイッターで、まったく知らない人にフォローされました。

 参加は簡単、このココログのフッターに付いてるアイコン(Twitter)をクリックすれば、そのまま登録画面に行けます。名前(本名とHN)とメアド、パスワードを入れて、ランダム画像の文字を入力すればOK。知り合いがいない人は、横山茂彦で探して、そこに何か書き込んでみてください。よくわからんが、はじめましたcat

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年2月14日 (日)

鎌ヶ谷ドクトーレ@イタリアンラーメン?

 鎌ヶ谷のドクトーレに行ってきました。ここは博士ラーメンというグループのイタリアン部門で、パスタとピッツァの店。庭のロケーションが素晴らしくてこれまで何度か来てみたものの、平日でもベランダ席は満員御礼→門前払いという結果に泣いてきたんでしたweep

 ところが、冬場はどうやら空いているらしく、少し道に迷ったので予定の11時半を過ぎていましたが、ベランダのボックス席に通されました。Dscn5425_270  

 が……、暖房効果をあげるためにビニールを張っていて、庭がちゃんと見えませんbearing。空いてるのはこういうわけだったんスね。

Dscn5427_268  本日のランチはボンゴレビアンカ(サラード、コーヒー付きで1054円)。噂どおり、パスタはラーメンの麺でしたcatface。モロヘイヤを混ぜ込んだ麺です。

 まぁ、イタリアンラーメンだと考えれば我慢できますが、評判のピッツァが立派そうだったので、こんどは単品だけどそっちにしようと思いました。

 春になったら、庭に突き出したカフェテラスでrestaurant食べてみたいもんです。味は二の次、カンツォーネを聴きながらのんびりconfident、いいもんでしょう。

Dscn5428_267_2

 食後は市制記念公園経由で、大津川沿いの林道を手賀沼方面へと。じつは迷走しました。なりゆきで畑のなかをたのしく走り歩きました。足首まで土に埋まり、タイヤがドロドロですgawkDscn5431_265_2  

 歳はとっても、これ→ありです。ウチはわりと近所に某有名百貨店があるので、今年は指定。シロクマのマスコット、そのうち自転車に付ける予定happy02。  

Dscn5424_271_2

明日から、ちょい歴史の勉強。ではまたっcat

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年2月 7日 (日)

『合戦場の女たち』イントロ。

 すっかり自転車ブログになっちまったここですが、もとはといえば電子書籍の宣伝用のサイトでした。新刊が出て、いろいろと歴史系検索サイトに登録する関係上、ほんらいの役割にもどしつつ、自転車の情報もつづけていこうと思っています。Dscn5410_258

 そこでまずは、ここに来られた方が「なんだこれ、自転車乗りのブログじゃねgawk」と混乱しないように、コンテンツを増やしていこうと思います。いろいろ解説するのも面倒なので、新刊のイントロ部分をUPしときます。つぎ、小説も歴史モノにしやしょう。来週、出版社の担当者に会いますthink

 では、引用。

第一章 発掘された女性兵士たち

1 戦死者のうち、三人に一人は女性だった

 ここ十数年の文献史学の成果により、戦国時代の様相は大きく変わってきた。

 その様相の変化とは、各自治体史(県史・市町村史)の編纂によって、全国に散在していた一次史料の活字化が進み、史料研究が飛躍的に進捗したことである。活字化が進むことで、私たち一般の歴史愛好家にも一次史料が読まれるようになり、これまでの通説についての疑問も受け入れやすくなったといえるだろう。

 かつて、江戸時代に編纂された軍記書をもとに戦国時代を描いた「歴史ドラマ」や「歴史小説」なども、戦国時代の第一級の証言者である「書状」や「発給文書」の発見によって、その信憑性が葬り去られようとしている。さらには人類学や考古学史料の発掘によって、文献に記録されなかった史実まで明らかになりつつあるのだ。

 たとえば、戦国時代末期の天正八年に武田氏と北条氏とのあいだで戦われた沼津の千本松原の合戦場跡には、ほぼ当時のままの首塚が残されていた。この首塚に残された一〇五体ある戦死者の遺骨のうち、じつに三五体(三三・四パーセント)が女性のものだったと分析されているのだ(『骨が語る日本史』鈴木尚)。この女性たちは何者だったのだろうか。

 このときの合戦は『北条五代記』に、

「天正八年の春、(武田)勝頼駿河に出陣す。(北条)氏直も伊豆の国へ出馬し、三嶋にはたを立たゝかひ有。重須の兵船駿河海へ働をなすべきよし、氏直下知に付て、毎日駿河海へ乗出す。勝頼旗本は浮嶋が原、諸勢は沼津千本の松原より……」

 とあり、武田氏側にも勝頼発給の感状が認められるので、まちがいなく史実である。

 そのほかの中世の合戦場(鎌倉村木座・江戸崎など三カ所)に残された戦死者の分析でも、鈴木尚氏によるとおおむね三○パーセントが女性の遺骸だとされる。この事実をそのまま受け入れるならば、戦場で死んだ兵士のうち三人に一人は女性兵士だったということになる。鈴木氏の分析を少し引用してみよう。

「(貫通銃創が疑われる頭蓋の穿孔と)同じ小銃弾と思われる小孔は第三〇号頭骨(熟年の女性)の後頭部にもみられた。この女性は逃げるときに後から射たれたものであろうか」「(鋸で切断された四個の骨片のうち)骨片一は甚だ薄い骨であることから、成年の女性と推定される」「発見された遺骨の三分の二は男性、三分の一は女性と判断された。彼らは成年が主体で、熟年は僅であったが、老年と幼少年は全く認められなかった」(第7章、沼津千本松原の首塚)。

 千本松原の合戦は武田氏と北条氏の両軍の当主が出陣しているので、双方ともに数千~万単位の人員を率いての戦いだったと考えられる。かりに一万の軍勢だったとして、そのうち三千人が女性だったことになるのだ。

 さらには銃痕のある遺骨もみられるのだから、その女性たちは戦闘に参加していた可能性が高い。あるいは直接的な戦闘行為に参加しないまでも、戦場で夫や息子のために食事をつくり武具や具足のほころびを修理していただけでも、敵の矢玉の犠牲になることがあっただろう。それもまた前線の兵士としての役割というべきである。

 NHK大河ドラマの歴史考証などで有名な小和田哲男氏(静岡大学教授)は、最近の著書『戦国の合戦』『戦国の群像』の中でこの発掘例にふれ、

「ふだん私どもが目にする合戦図屏風などでは、戦場で戦っているのは男性ばかりが描かれているので、女性はほとんど戦場にいなかったのではないかと考えていたが、実際の場面では、男女の別はあまり意味をもたかなったのかもしれない」としている。

 あまたの先達が説いた歴史観によれば、戦国時代は女性にとって悲劇の時代だったのではなかったか? そう、小和田氏が「女性であるが故の性的被害もあった」と指摘するとおり、女性が乱取りに遭うシーンは大坂夏の陣図屏風に描かれている。

 戦国女性にとっての悲劇とは合戦だけでなく、物々交換にでもされるがごとき人質という運命に象徴されてきた。史実の戦国大名の娘たちはほぼ例外なく、家臣団との紐帯を強めるか隣国の大名との同盟関係のために政略結婚を強いられた。あるいは和議のための人質として他国に送られたのである。

 しかしながら、松永久秀が信長に叛旗をひるがえしたときにその息子たちが処刑されたように、戦国大名の息子たちも人質として悲惨な末期をたどった者は少なくない。彼らも娘たちと同様に一族の手駒として、人質であるか他家乗っ取りのためであるかはともかくとして、自分の意志とは無関係に養子に出されたのだった。

 女性が一方的な犠牲になり、武士という名の野蛮な男たちだけが好き勝手に荒し回った時代だったとは、単純には言いきれないのである。この荒々しい時代、女たちも戦場を駆ける荒ぶる兵士だったのではないだろうか。

 ではまた♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月 4日 (木)

雪の日備忘録、ちょっと腹立ったこと……。

Dscn5414_264  2.26事件の雪が季節はずれという表現はありますけど、ワタシが知るかぎり二月の雪はけっこう多いですね。べつに雪に腹を立てたんではありません。

 なるべくブログでは愚痴のたぐいは避けたいし、自分が腹を立てたからって他人(読者)を巻き込むことはあるまいという考え方なんですが。ちょいと呆れたハナシを。

 というのも、市川コルトンプラザにある福家書店なんですがね。前よりは売り場面積も広くなり、すっきりとグレードアップしたのはいいんだけど、何かすっきりしすぎじゃねえの。と思っていたら、理由が判明しました。本を運ぶワゴンに、帯(本の腰巻)が大量に捨てられてるんでした。そう、つまりこの店では棚に差しにするときに文庫と新書の帯を抜き取ってるんです。

 見た目すっきり、しかし、なんとも色気がないというか、手に取ってみて何の本かわからないというか……despair。これ、できるだけ棚をすっきりさせたい、もしくは読むときに邪魔になるから外しちゃえ、というポリシーの持ち主(素人)が担当者なんだと思われますが、じつは欠損商品にしちゃってるんです。たとえば、↓この本の場合、

Dscn5416_263

 加藤登紀子のマキシシングルのジャケットがあって、彼女のメッセージもあって初めて中身が伝わるというものですが、こーなってしまうと、どうでしょう。Dscn5418_262_2   ↓  

 なんとなく、もうどうでもいいよ、みたいな。かぎりなく訴求力ゼロに近いかとthink

 そう、新書の場合は帯がないともう、ふぬけみたいになっちまうんです。

Dscn5420_261

 さらに ←これだと、もう買う人はいないと思われます。100円(古本)です、とかね。

 右上の商品を堂々と売っても、左のはさすがに売れないでしょう。と言いつつも、じつは商品を欠損させているという意味では50歩100歩なんです。カバーも帯もコストとして定価に反映されているわけですから。

 たしかに帯は読むときに邪魔だし、ワタシもたいていの場合ははずして読みます。しかし、帯があってこそ新書は客(読者)の目に入り、中身を伝えられるということを福家書店さんは知らないらしい。Dscn5421_260_2  

 文庫本の場合は外しちまってもいいんですよ。なぜなら、右写真のは書き下ろしですが、たいていの文庫本は四六判の親本があって、カバー全体にカラー(4色)が使われている場合が多いので、帯を脱がしてもサマになるんです。裏返してある竹書房の本なんか、帯をカバーに刷り込んじゃってますしね。

 それにしても、福家書店(市川店)さんは、セドリ氏(古本コレクターの意味ですが、ここでは初版本収集家)に「この本、完品(帯がちゃんと付いたの)はないのかね?」とか言われたら、あわててゴミ箱の中を探すのかなpout。  

 以上、ちょいとあきれたハナシでしたcat

 

| | コメント (10) | トラックバック (1)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »