2月8日~9日に、はんぞうさん呼びかけの「古河カレー麺リベンジ」に参加し、ついでに年休を取ったゆるさんの「わたしをツーリングに連れて行けぇー
」で結城に脚を伸ばしてきました。
当初、猛逆風の江戸サイ北上はほぼ無理と判断して、春日部から輪行の予定でした。が、山形に帰郷したあとに猛多忙な一日を終えたばかりのゆるさんが「自走距離、もう少しみじかく
」 というので、「じゃ、新越谷あたり、最悪三郷でも
」で、けっきょく三郷まで走りました
。人間というものはいったん自分で目標を落とすと、そのレベルまで堕ちてゆく
もんなんですね(ぼそっ)。
途中、南栗橋で電車を待ってると、E-ponさんから
。本隊は関宿の前まで来たが、逆風で断念したとのこと。よーくそこまで北上したもんです
、つーか利根運河で集合した段階で逆風の北に向かったのがそもそもの不思議。ま、お疲れさんでした。
われわれは新古河から追い風にのって古河市内へ(写真は三国橋)。風を味方にしちゃえば快適なサイクリング日和、漕がないでもスイスイ。と、古河市内でしばらく迷い散歩中のおじさんに道案内をしていただきました(写真右下)。というか、このひと自転車といっしょに走りながら道案内
。別れるまで「しっかり見て行ってね
」と、城下町古河を誇りにしておられるようでした。
ここは古河公方の擁立いらい、関宿などとともに鎌倉勢力(足利・後北条)に対抗する関東の第二勢力を形成してきた地。地形もその意味で三国の接点、水路を利した水運交通の要衝が、そのまま政治的要衝を形成しているのがよくわかります。
と、そーんなこととは無関係に、クルマで駆けつけてきたたすけさんと一緒にカレー麺
(そば処大栄さん)。古河市が売り物にしている七福カレー味というのは七味唐辛子のことではなく、店それぞれ七種類の具材をカレー麺に入れてるからだそうです。カレーの味は、和風でもなくもちろんインド風でも欧風でもなく、独特の薬味豊かな風味。なかなかいけますんで、多めだったけど完食。
古河市内(旧市街)は蔵屋敷も多く、レンガ造りの町並みが素敵でした。右の写真は篆刻博物館(左)と街角美術館(右)のあいだの路地。このさき、旧武家屋敷がつづきます。
写真は左に鷹見泉石(古河藩=土井利厚の家老で蘭学者)の屋敷と古河歴史博物館(右奥の建物)です。博物館の敷地が古河城の出城(というよりも出丸)で、古河城址は大半が現在の渡良瀬川河川敷になってしまってます。
この博物館、鷹見泉石のコレクションをもとにした江戸後期の貴重な史料、氷の結晶を研究した土井利位の図説など、けっこう見飽きないです。休憩にもよろしいかと。
こちらは鷹見泉石の記念館。吹きすさぶ北風を頬に受けながら眺めてると、鎧戸が付いているとはいえ江戸時代の家屋は寒かっただろうなーと思います。これが土間と板の間だけだった中世だと……
。
日もかげり気味になってきたので、貴重な追い風にのって結城へ。4号線から50号線へという道案内(コンビニで)だったんですけど、途中で県道50号(県道とは書いてなかった)に迷走。よくあるんですよね、4号線だって新4号だの4号バイパスとか、旧50号線とかいろいろあるし。
たぶん、10㌔ちかく遠回りをしたかもしれないですけど、クルマも少なく楽しい道のりでした。ま、結果オーライですから。日暮れ前に結城市内のホテルに入り、無事に買い物
(←重要)もすませて楽しい晩餐。
と、そこまでは良かったんですが、好事魔多し……、鬼の霍乱?
夜半、どうも飲みすぎたのか軽い吐き気が……
。ワタシ、熱っぽい。
翌朝、バイキング形式の朝食を一膳(好物の納豆がけ)も食べれませんでした
。たぶん風邪です、それもウイルス性の。午前中は日ざしもあるようなんで、騙しだまし走ろうかなと思ってましたが、食べれないのに走れるわけがないということで、自走は断念。
熱でビタミンCが破壊されてるのか、やたらとジュースを飲んでビタミンを補給しているところ→
教訓、手洗いうがい励行。乾燥した部屋では加湿器を使おう。ひと晩寝て快復しましたけど、まだ少し筋肉が痛いような。ここ数年風邪なんかひいたことなかったんで、参りました。では、また寝ます。
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