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2008年7月14日 (月)

岩手から青森、北海道へ(6月27日~6月29日)

Dscn1836  宮古では地元の脱原発団体との交流会もあり、宿泊は公民館でした。宴会(交流会)担当と申しますか、宿手配と受け入れ団体担当の渡瀬さんは大変。どんなに社交的な性格でも、ここまで続けば気疲れするというものだろう。もはや精神的な疲弊ともいうべき状態で、27日(野田村の国民宿舎)・28日(八戸スーパーホテル)でようやく生き抜きができるのだ。Dscn1844  

 右の写真は浄土ヶ浜。浜辺の白い石が浄土の風景さながら、神々しいというよりも抹香臭い印象でした。誰かお経をあげたら、ワタシたちはすぐに合掌したでしょうね。

Dscn1845  あいかわらずの激坂とともに、われわれを苦しめたのが東北太平洋側に特有の「やませ」である。海から立ち起こった霧が風に乗り、海岸線の山稜を駆け上ってくる。その瞬間、視界がさえぎられ息が詰まるような寒さに襲われる。冷害の原因でもある。ちょっと寒すぎるんじゃないか、三陸海岸……。Dscn1850  

 延々とつづく登りに、平衡感覚をなくしてゆく。いま登ってるのか降ってるのか、脚をとめてみるとわかる。まだ登りだ……。

Dscn1858  蓄積した疲労は、笑顔でごまかす(苦笑)。Dscn1851  

  この頃、斎藤さんの牽引するトレーラーのクイックリリースレバーが脱落。ここまでアクシデントのなかったツーリングに、少しだけ緊張感がただよう。

 翌日、八戸までの行程で途中参加者がふたり、久保田さんと江藤さん。

Dscn1863  仲間が増えるだけで、何となく元気になれるもんですね。久保田さんとは仙台ツーリングいらい、例によって重たいMTBでの参加でした(苦笑)。Dscn1867体力あるなー。 

  このあたりから、ほぼ三陸リアス式海岸を脱したもよう。ずいぶんと走りが楽になる。浜街道を階上(はしかみ)で青森県へ。道の駅で女子高生のロードレーシングチームと挨拶し、何となく元気になる。八戸に着いたのは、まだ陽射しがある時間でした。

Dscn1870  翌朝(29日)、出発まぎわに斎藤さんのトレーラーが転倒。あり合わせの金具で固定していた着脱部がいよいよお釈迦に……。ホームセンターの開店を待って、蝶ネジ式のボルトを調達。写真には何ら手伝うでもなく、斎藤さんの作業を見守っている地元のサイクリストも。こういうの、大事にいたる前に処置するのが原則です。Dscn1878_2この時間を使って、ワタシも八戸で購入したブレーキシュー(XTのカセット)に交換。  

 三沢空港をこえて北上の途中、寺山修司記念館に立ち寄る。ちょうど、推定年齢70代なかばの熟女集団が観光バスで訪れてました。でもね、寺山の芸術を理解できるのは、同時代を背負った団塊の世代のほかに無理ではないか。というのがワタシの見解。 なぜならば、寺山のそれが芸術というよりはムーブメントだったからだ。60年代後半~70年代のカウンターカルチャー、既存の生活を捨てた旅立ち(天井桟敷への参加)が当時の若者たちを魅了したのは、まさに一過性の世代的なムーブメントであって、社会的な固着は難しかったはずだ。ゆえに、のちの巨大劇団のようにコマーシャルベースで立脚点を確立することはできなかったし、語り継がれるべき内容も時代と人を語るにすぎない。

Dscn1879  ムーブメントといえば、ワタシたちもそうなんだった。熊本からのキャラバン隊と遭遇。おたがいに「がんばろうね」のエールを交換しました。それにしてもこの「やませ」、サングラスにびっしりと水滴をつけてくれるんです。Dscn1881_2  

 東京を出発していらい、最大の寒さをここで迎えた感じです。汗と霧で濡れた身体が乾かない。吹きすさぶ風に身を縮める。

Dscn1886  六ヶ所村でさわさんと合流後、宿舎(花とハーブの里)の方角を見失った一行。夏ジャージの重ね着とレインウェアだけのワタシ、猛烈に寒かったです。何とか、同行していたテレビカメラマンの機転で、クルマのGPSを使って目的地を発見。到着後は、とっても素敵な六ヶ所村の夜になったんでした

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ツーリング洞爺湖2008」カテゴリの記事

コメント

遅ればせながら、お疲れ様でした。
無事走破なさったんですね。おめでとうございます。
ブログを拝見していて「日本て坂が多いな」と再確認しました。
こんな峠の多い道を自転車で洞爺湖まで走られたとは、すごい事だと思います。
PS.7月1日に横山さんが出演された番組を拝見しました。
直接ではないにしろ、お顔を拝見することができて、
なんか感激してしまいました。^^

投稿: くろばい | 2008年7月16日 (水) 01時38分

くろばいさん おはようございます。

 ツーリングとはヒルクライムである、という言葉があります。関東平野に住んでいる私たちには実感のない言葉ですが、今回はイヤというほど理解できました。日本って、山で出来た島なんだなぁーと。
 あの番組は観ませんでした(苦笑)。8月4日(23時50分頃)に、BSi(BS6ch)でツーリング洞爺湖のレポートが放送されます。こっちは台詞の棒読みではないので、多少は素顔がわかるかも。

投稿: 横山 | 2008年7月16日 (水) 06時32分

アエラ買ってきましたが、何度読み返しても、どこに記事が載ってるのか、見つけられませんでした(滝涙)
you tube "DOROREN「7.5 ピースウォーク」"で検索、動画4'45"~5'15"に注目!(拍手)
8月4日のBS-i、楽しみです(嬉)。

投稿: あっちゃん | 2008年7月16日 (水) 12時28分

あっちゃん どーも。

 注目してくれて嬉しいです。記事は『AERA』7月21日号の70ページです。you tubeに出てましたか。

投稿: 横山 | 2008年7月16日 (水) 14時55分

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寺山修司について記事を書き続けて、先週の万有引力公演「引力の法則」で100回目を迎えました。今年は寺山修司没後25周年、そんなこと知らずに書きはじめた彼の周辺をめぐるボクの感想です。(過去記事のリンクです。1〜50回まではコチラ) 僕は知らない寺山修司NO.51⇒「書を捨てよ町へ出よう」(1971年)? 僕は知らない寺山修司NO.52⇒「書を捨てよ町へ出よう」(1971年/映画批評)? 僕は知らない寺山修司NO.53⇒「書を捨てよ町へ出よう」(1971年/映画批評)? 僕は知らない寺山修司NO.5... [続きを読む]

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