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2007年5月 2日 (水)

上杉謙信女性説

 明日から急遽の旅行(バカンスにあらず)とあいなったので、GW明けにUPする予定だった記事を急遽……。
 おそらく休暇あけ数日を待たずに、画像の『北越女人戦記別巻・上杉謙信女性説について』が電子出版サイト↓で読めるようになるはずなので、その紹介。

でじたる書房
http://www.digbook.jp/

 で、その別巻の構成(章題)は、

・八切止夫説の検証
・軍神像を創作した江戸期の軍記書
・時代が必要とした虚像の謙信をあばく
・直筆書状と願文にみる謙信の実像
・謎に包まれた戦国大名上杉謙信
・いまだに不明な謙信不妻帯の謎
・真言密教の戒律も決め手にならない
・謙信飯綱修験道信仰の真偽
・男色説も女性説も推論にすぎない
・女性説しか合理的説明はできない
・伝説の中の姫君たち
・女性恐怖症説? も成り立たない
・上杉謙信の肖像画について(画像3点の比較検証)

 執筆しながら付けた小見出しなので、何だかバランスも語呂も悪い(苦笑)。前半が八切説の検証から江戸時代に創作された軍記書の検討まで、最新の研究を援用した内容Photo_2に。八切説のエッセンスは『当代記』(江戸初期)に記載がある謙信の死因を「大虫」(婦人病)とするところなのですが、当方は一次史料に依拠して「虫気」説(上杉景勝の書状三通)を採用。文献史学の原則にしたがえば、この「虫気」説に反駁可能な研究はありえないと思う。
 以下、抜粋。

「謙信が旧暦天正六年三月九日、午の刻(昼の十二時)に春日山城の厠で倒れたという伝承(死去は四日後の三月十三日)をかんがみても、当日は新暦に換算すると北国の越後にも若葉が芽吹く四月二十五日なのですから、居室と厠の気温差などで不慮の脳卒中を生じたとは考えにくいものがあります。いっぽうで、腹痛や産気・陣痛で意識を失って昏倒する症例というのも、きわめて稀なケースと云えましょう。このように、どちらが真実の死因だったのか判別しがたいのです。
 そうであれば、予断と推論を排除して史料を素直に解釈するしかありません。
 ことさらに『当代記』の「大虫」(婦人病死因説)を検証するまでもなく、確実な原本史料とされている上杉景勝書状(前出の三通)にある「去十三日、謙信不慮之虫気不被執直遠行」(去る三月十三日、謙信が思いがけない腹痛ないしは産気・陣痛を伴う病で、持ち直すことなく遠逝しました)をそのまま採用することで、通説の脳卒中説は覆されてしかるべきと考えられます。
 生涯独身を通し、満四十八歳で逝去した謙信が妊娠(産気・陣痛)などの症例(妊娠中毒症?)で身罷ったとは考えにくいので、史料に確実な死因とされている「虫気」(腹痛を含む病の総称)を勘案するに、婦人病のほかにも消化器系の重大な疾病などが可能性として排除できないと云えましょう。ほかには暗殺説もありますが、厠で昏倒してから四日後に逝去したという伝承を揺るがせる傍証もないので、この史料的な裏付けのない俗説は排除されてしかるべきでしょう。」

 後半は謙信不妻帯の史実について、諸説を検証してみました。亡き史学界の大御所桑田忠親氏の戒律説、浄土真宗嫌悪説を批判し、俗説ながら定説のごとく触れ回られている飯綱修験道信仰説の根拠を軽ーく粉砕(失礼)。
 以下、抜粋。

「桑田氏が謙信不妻帯の理由として力説する「(戦国武将は)戦勝のためには、あらゆる手段を講じた。あらゆる手段とは、一口にいえば、戦略戦術を練ることだが、また、人知の到底およばないところは、神仏の加護に頼るほかないので、神仏を信仰し、土地や財を奉納し、戦勝を祈願したのである」という主張のとおり、じっさいに謙信は神仏に戦勝を祈願し、多数の願文を寺社に奉納しています。
 けれども、その願文の中の一通にも「邪淫戒の履行」「不妻帯の誓い」「不犯の修行」などを意味する記述はありません。願いがかなったら看経をする、壊れた寺社を再建するなどの誓いはあっても、不妻帯・不犯をもって戦勝祈願した記述は皆無なのです。したがって確実な史料の上では、神仏への戦勝祈願による不妻帯説は頷けません。これら史料の裏付けがない仮説は、論者の自由勝手な推論と見做すほかないでしょう。
 なお、桑田忠親氏は収録本(『戦国史疑』講談社文庫)の別稿(戦国史、謎の多い事件と人物)で「一度も妻をめとらず、側室もなく、したがって実子も儲けなかった。……まことに不可解な身の処し方をした……謙信は、男色家で女ぎらいであったとか、不能者であったとか、男でなく女であったとか、さまざまな異説が唱えられた。このうち、女人説は、異説中の奇説であろう。しかし、残念ながら、謙信が男であったことは、あらゆる角度から立証される」としながら、これもまことに残念ながら「あらゆる角度から」のひとつの角度からも男性説(女性説の否定)を立証されておられません。
 同書には、南条範夫氏の『三百年のベール』や隆慶一郎氏の『影武者家康』などに連なる元本の『史疑徳川家家康事蹟』(村岡素一郎氏、明治三十五年刊)に対する詳細な史料批判もあり、その表題にたがわぬ豊富な内容にもかかわらず、八切説については一顧だにしない有り様なのです。
 ところで、桑田氏が説かれる「あらゆる角度から立証される」にも、おのずと制約があ
るのは云うまでもありません。江戸中期以降に成立した軍記物語(大半がフィクション)に典拠しないかぎり、桑田氏においても「謙信が男であったこと」の論証は唯一無二、謙信が男性名だった史実をもってしか「立証される」ことはないだろうと、不遜ながら著者は思料します。
 謙信の男性名から男性であることを前提にしてしまうと、たとえば『甲陽軍鑑』の訳書(吉田豊氏、徳間書店)にみられるように、武田信玄の勝頼への遺言とされる「謙信は、たけき※武将なれば、四郎わかき者に、こめみする事有間敷候」(原文)を「謙信は男らしい武将であるから、若い四郎(勝頼=引用者注)を苦しめるような行ないはするまい」
(訳文)などという具合に、恣意的な誤訳を冒してしまうのです。
 もとより、謙信が男性名であるからこそ女性説(異説中の奇説)が唱えられるのであって、男性名をもって謙信が男性であること(通説)を所与の前提にしてしまえば、およそ議論が成立しないのは言うまでもありません。戦国時代に男性名の女性当主が存在した史実は、前述したとおり井伊直虎(井伊直盛の娘)の例に見られます。」

 ざっと全体としてみると、反論の余地がないほどガチガチの「上杉謙信女性説」に仕上がったのでないかと思う。基本コンセプトが男装説(男性名で性別を秘匿)なので推論の部分には再考・再論の余地があるものの、一次史料の研究が直筆分析(筆跡鑑定)に立ち至るまでは第一線の歴史研究者も認めざるを得ない(とりあえず無視するww)のではないだろうか。などと、勝手に満足している私(笑)。
 別巻の電子出版頒価は、四百字詰め原稿用紙換算100枚弱を500円なり。けっこう高いと思われるかもしれないけれども、それなりに膨大な史料代と労力を注ぎ込んでいます。本編の『北越女人戦記』も、一章分300円(一巻が全5章で1500円、消費税抜き)はリアル本の単価に準じた価格だと思ってください(汗)。いちおう私も、プロ作家なのでして……orz
 それでは、短期休暇(兼所用)に入りますので。連休明けに、再会っ!

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『北越女人戦記』第一部 長尾虎千代の巻 甲冑の美少女

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投稿: ブログ村 | 2007年5月 2日 (水) 12時42分

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投稿: 人気blog | 2007年5月 2日 (水) 14時13分

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